遊星仮面

漫画版について


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TVアニメ作品「遊星仮面」の漫画版は、アニメの原作ではなく、アニメを原作としたコミカライズ作品です。

ただ、アニメの設定とストーリーをもとにしながらも、必ずしもアニメに忠実には描かれていません。例えば最終話の内容は異なります。

TVアニメとの比較については、【雑学&豆知識】ページのこちらをご覧ください。最終話の比較についても記述しています。


このページは、漫画版や漫画版にかかわった方々についての情報を集めた、トップページです。

まずは、このページ内にある下記の項目を、順にご覧ください。クリックすると説明箇所に移動します。

少年ブック4月増刊号版(実質的な最終回)の一部シナリオを、【雑学&豆知識】ページのこちらに載せています。その感想は、【皆様からの作品批評 作品中&作品周辺の諸情報】ページのこちらにあります。

奥田たつお氏作の漫画は、私が所持していないため、現時点では私からの内容説明はできません。

代わりに参考として、【雑学&豆知識】ページよりこちらを、【皆様からの作品批評 作品中&作品周辺の諸情報】ページよりこちらを、ご覧ください。

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TVアニメ放映時の状況:掲載誌について

TVアニメ放映は、1966年6月から1967年2月、再放送期間を含めると3月までです。

その間に連載された漫画のほとんどを、楠高治氏が担当されました。

掲載誌は、集英社の「少年ブック(←「少年ジャンプ」の前身)の付録&増刊号連載分を軸に、「小学館ブック」と「小学3年生」と幼年誌(「よいこ」「小学館の幼稚園」)。

「少年ブック」付録連載分(1966年7月号から1967年3月号まで)と増刊号連載分(1967年正月増刊号)は、加筆分も加えて再編集され、すぐに『集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面』に収録され、1966年9月号から1967年3月号までの全7巻が刊行されました。

TV放映終了後には、『少年ブック4月増刊号』に、漫画版の実質最終話となる読み切りが載せられました。これについては『集英社の少年ブックコミックス』には未収録です。


集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面』は、今でいえばB5版の単行本のようなもの。これについては、大きく次の2つのことがわかっています。

ひとつは、必ずしも付録連載分がもれなく収録されたわけではないこと。未収録箇所・未収録エピソードがかなりあります。

修正箇所もあります。1966年8月号の付録連載分は、ストーリーに影響しない範囲内で、楠氏の意向により大きく書きかえられています。(いきさつについてはこちらをご覧ください。)

もうひとつは、全7巻のうちの2巻分――1966年12月号と1967年1月号――だけは、全編奥田たつお氏の書きおろし作品となっていること。

奥田氏作の漫画は、前述のとおり私の手元にはありません。そのため内容については、【雑学&豆知識】ページから、こちらをご参照ください。

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TVアニメ放映後から1980年代まで

上記項目で記した漫画は、次項で紹介する<アップルBOXクリエート>で復刻される1990年代になるまで、いっさい世に出されることはありませんでした。

アニメと同じくニーズがなかったからかもしれませんが、それ以上に、原稿が失われていたことが原因でしょう。

楠高治氏名義の作品の中では唯一、『恐怖のミイラ左のリンク先は外部サイト』(1961年にTV放映された同名の実写ドラマのコミカライズ作品)が、1984年に単行本化されています。そのさい、遊星仮面の単行本化の話もあったのですが、断念せざるをえなかったとのこと。

原稿なしで商業ベースに乗せられるだけの本をつくることは、当時の技術では困難だったのです。


楠氏ご自身も、2度と遊星仮面を描かれることはありませんでした。

ですが、後に手がけられることになる学習漫画(←詳細は楠高治氏について の項目にて記述 )の中に、一部キャラや作品中のデザインやメカに似たものが、堂々と登場する作品があります。

『学研まんが 理科ひみつシリーズ 3年生の理科のひみつ』(1980年初版発行)です。こちらの表中に記載しています。

ギャクメーカーであるパイクとマイクが出てきます。ヒロインのリンダによく似た少女も出てきます。R・発信器に似たYマークをつけた帽子をかぶった少年や、ライダーに似た乗り物も出てきます。

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1990年代以降の復刻状況

(1)アップルBOXクリエート版 楠高治氏分

楠高治氏作の漫画のみを収録したもの。同人出版発行のものですが、版権を持つ(株)エイケン左のリンク先は外部サイトと楠氏の許可を、きちんと得ておられます。

1990年末から1993年までに、(1)(2)(3)(別巻上)(別巻下)の、全5巻が刊行されました。

(1)(2)(3)には、『集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面』1966年9月号から1967年3月号までの全7巻のうち、1966年12月号と1967年1月号(奥田たつお氏作)以外と、『少年ブック4月増刊号』の内容とが、収録されています。

(別巻上)には「小学館ブック」連載分、(別巻下)には「小学3年生」連載分が収録されています。

以上の掲載誌については、前々項のTVアニメ放映時の状況:掲載誌について をご参照ください。


後発のマンガショップ版と比べると、掲載されていない雑誌、掲載されていない箇所、抜け落ちページなどもあり、漫画版としては完全ではありません。

ただこちらには、恥ずかしながら、一部資料の提供を行った当時の私の評論や文章が載っています。(1)以外にです。

(2)(3)(別巻上)には、実妹のイラストも入れています。

(別巻上)にはコロムビア版の主題歌の楽譜のコピーと、私が書きおろしたBGM(ピーターのテーマなど)の楽譜を、(別巻下)には、私が当時考えていた物語の概要(→【昭和の創作:そのあらすじ】ページ参照)を、入れています。

【放映後から現在まで/遊星仮面と私】ページでも、このアップルBOXクリエート版について触れています。ページ冒頭には実妹のイラスト。同ページのこちらには、当時の裏話を書いています。


内容としては、アップルBOXクリエート版は先に記したとおり、後発のマンガショップ版と比べると見劣りするかもしれません。

ですが意義と功績は、マンガショップ版以上に大きいものがあります。

マンガショップ版の編集には、明らかにアップルBOXクリエート版の影響が見られますし、なによりアップルBOXクリエート版がなければ、マンガショップ版もなかったかもしれません。

そういう意味では、私個人としては、今でも主催者にはたいへん感謝しています。パイオニアへの敬意は、いつまでも忘れないつもりです。

また、主催者に直接楠氏を引き合わせてくださった知人にも、感謝しています。大阪在住の身ではできなかったことを、やってもらえたのですから。

(2)アップルBOXクリエート版 奥田たつお氏分

2003年に刊行された『昭和漫画大全 SFヒーロー選(1)』の中におさめられているようですが、残念ながら私は現物を持っていません。

参考として、【雑学&豆知識】ページよりこちらをご覧ください。

マンガショップ版には奥田氏の作品は入っていないため、氏の作品を読むのは非常に困難です。

この復刻本か、TV放映時の「集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面」1966年12月号と1967年1月号を、なんとかして手に入れるしかありません。

(3)マンガショップ版 楠高治氏分

楠高治氏作の漫画のみを、ほぼすべて収録したもの。

遊星仮面〔完全版〕【上】』、『遊星仮面〔完全版〕【中】』(←漫画版最終話収録)、『遊星仮面〔完全版〕【下】』の全3巻。(マンガショップのURLは、当サイト【リンク】ページ内に記載。こちらから。)

内容も、先行のアップルBOXクリエート版の内容より、はるかに充実しています。

(株)エイケン左のリンク先は外部サイト所有の設定資料、放映データ、スタッフデータ、それに楠氏へのインタビューなどが載っています。

なにより、前々項 で説明した『集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面』での抜け落ち部分も、アップルBOXクリエート版での抜け落ち部分も、漏れなくほぼすべて入っています。


ただ、ほぼすべて と書いているとおり、これとて楠氏作分をすべて網羅しているわけではありません。

前々項 で説明している、「少年ブック」付録8月号分の内容について。収録されているのは『集英社の少年ブックコミックス 遊星仮面』に収録された、修正後のものだけです。



マンガショップ版に収録する対象雑誌に掲載された漫画に、未収録分があったことが2021年に判明。

「よいこ」1月号分です。

ツイッター上でご指摘いただきました。ありがとうございます。

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楠高治氏(アニメ原画&キャラクターデザイン&メカニックデザイン&漫画版担当者)について

楠高治氏による漫画タッチの自画像

▲学研漫画「まんがからだ事典②」
(1987年初版)巻末の自画像より▲

漫画家です。

高治は”たかはる””楠たかはる”という表記をされることもあります。

ただし本名は、”たかじ”と読みます。


1936年10月生まれ。東京都出身。

高校生の頃から出版社に原稿の持込みをし、1955年きんらん社から書き下ろし単行本『村のかじやさん』でデビュー。

その後、桑田次郎と出会いアシスタントとなる。

アシスタント時代は『月光仮面』『8マン』といった超人気作品を担当する傍ら、アニメ版『エイトマン』の原画制作も担当していた。

その頃の代表作は、『恐怖のミイラ』『アトミック・ゴロー』『遊星仮面』など。

1980年頃から90年代前半頃までは、デビュー当時の画風に戻し、学研の小学生向けの学習漫画部門で活躍。その後引退。

2014年12月10日ご逝去。享年78歳。


以上は、マンガショップのHP内、および『遊星仮面〔完全版〕【上】』、『遊星仮面〔完全版〕【中】』、『遊星仮面〔完全版〕【下】』の全3巻内に書かれてある経歴に、私が加筆したものです。(マンガショップのURLは、当サイト【リンク】ページ内に記載。こちらから。)

実質的放映期間は、1966年6月3日から1967年2月

付け加えると、TVアニメの制作スタッフとしても活躍されました。

(株)エイケン左のリンク先は外部サイトがその前身のTCJという会社であった時代、「エイトマン左のリンク先は外部サイト」のみならず、当時のSFモノクロアニメ作品全般の制作にも関与。

のちに、アニメ制作会社第一動画の外部スタッフとして、「黄金バット」(1967年4月から1968年3月放映)や「妖怪人間ベム」(1968年10月から1969年3月放映)の制作にも関与されました。


また、学研時代の主な著書(他の漫画家との共著も含む)は、以下のとおりです。

  • 「3年生の理科のひみつ」(1980年初版)
  • 「自動車のひみつ」
  • 「宇宙生活・スペースシャトルのひみつ」(1981年初版)
  • 「病気のひみつ」(1984年初版)
  • 「南極・北極のひみつ」
  • 「まんが宇宙開発事典」(1985年初版)
  • 「恐竜おもしろ図鑑事典」
  • 「まんがからだ事典(1)」
  • 「まんがからだ事典(2)」(1987年初版)
  • 「まんがからだ事典(3)」(1988年初版)
  • 「遺跡発掘大昔のなぞびっくり事典」
  • 「歴史おもしろ図鑑事典」
  • 「試験に強くなる漢字熟語辞典」
他多数
上記書籍の内容を詳しく記した個人サイトは、インターネットアーカイブ(The Internet Archive)が運営するウェイバックマシン (Wayback Machine)にアーカイブとして保存。→https://web.archive.org/web/20160703025456/http://www25.atpages.jp:80/takeforce179/himituseries/kusunokitakaharu.html左のリンク先は外部サイト
(インターネットアーカイブやウェイバックマシンについては、国立国会図書館の公式HPをご覧ください。)

他、非売品の小学生向け学習教材(学研)のイラストも、数多く手がけられています。

楠氏ご自身は、この学研時代の作品群に最も強い愛着を抱いておられました。【あとがき(更新記録)】ページの2008年8月17日の記述をご覧ください。


他、楠氏に関する情報は、このサイト内の他のページ内にもあります。

【サイトマップ(&サイト内検索)】ページから直接サイト内検索していただくか、あるいは以下のページをご覧、あるいはご参考にしてください。


現在Wikipedia(ウィキペディア)上では、桑田次郎氏との間に師弟関係があったかのような記述がされていますが、それは誤りです。あくまでもアシスタントとしてのお立場だったようです。

以下をご覧ください。

楠高治 インタビュー記事(1979年)

『なつ漫グラフィティー』(1979年 双葉社)より。

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奥田たつお氏(一部漫画版担当者)について

漫画家です。遊星仮面連載時には、漫画家・小畑しゅんじ氏とともに、楠氏のアシスタントをつとめておられました。

そののち、大人向きの劇画を描かれるようになったようです。

一般書籍の挿絵なども手がけられたようです。

2013年頃より、ネットオークションになぜかひんぱんに、そうした時代の原稿が出展されるようになり、経歴の一端を垣間見ることができるようになりました。

漫画の場合、画風は時代によりいろいろ変わっていっているようで、上村一夫氏(”昭和の絵師”とも言われ、一時代を築いた漫画家)の影響を受けた時代もあったようです。

名前の表記も、”奥田竜緒”とか“おくだたつお”とかといろいろなようですが、詳細はよくわかりません。


関谷ひさし氏(1960年代の少年誌と少女誌に、数多くの代表作を描かれた漫画家)と親交があったようで、関谷氏は、雑誌『まんだらけZENBU33』(2006年12月)のインタビュー記事内で、奥田氏のことについて少し語っておられます。

それによると、2006年時点で、すでに亡くなっておられたとのこと。

その関谷氏も、2008年に亡くなられました。


総じて、奥田氏について現時点で私がわかっていることは、あまりありません。

関谷氏と小畑氏については、マンガショップのHP(URLは当サイト【リンク】ページ内のこちらから)内で、具体的な経歴が紹介され、作品が販売されています。