足立明氏の功績

小説『砂漠の王子とタンムズの樹』
あらすじと感想


*パソコンからご覧の場合は押しても変化しません*


●「第58回西日本読書感想画コンクール」の中学校指定図書に

●NHK-FMラジオでドラマ化(2014/9) 詳細はこちら左のリンク先は外部サイト

”この樹がなくては国が滅び、この樹があるから民が死ぬ”

(単行本の帯記載のキャッチコピーより。)


遊星仮面」「妖怪人間ベム」の原作&全話脚本担当者・足立明氏の小説です。

2012年のご逝去後、原稿の状態でご遺族により発見され、翌年2013年に単行本化されました。

妖怪人間ベム」の原案となった劇作品「赤眼のグー赤眼のグーちゃん)」の、さらにその元となった小説とのことですから、なんと1960年代に書かれたものです。

現在のところ唯一、誰もが読める形で存在する、足立氏の完全オリジナル作品です。

簡単な作品情報は、PHP研究所のHPからこちら左のリンク先は外部サイトのページ、Amazonからこちら左のリンク先は外部サイトのページを、ご覧ください。


現在のライトノベルに相当する文体で描かれていますので、今の若い世代にはとっつきやすく、読みやすいかと思います。

しかし内容は、非常に重くて深刻。完全に成人向きだというのが私の感想です。


以下は、私が勝手に書いたあらすじです。完全ネタバレですが、あくまでも私の解釈にすぎず、あくまでも大枠にしかすぎません。

具体的な感想は最後に載せておりますが、これに関しても、あくまでも私個人の感想にすぎません。

ですのでご興味いただければ、ぜひ現物を手に取り、実際にお読みいただくことをおすすめします。

感想や印象は人それぞれだと思いますし、むしろそうあってほしいと思っています。


あらすじ

タンムズ国」――四方を砂漠に囲まれた暑く乾燥した地にある、王政の多種族(多民族)国家。

雨はまったく降らず季節というものはなく、砂嵐が激しく吹き荒れる時季があるのみ。

植物は、人の手が入る農地(=“パラ園”)にしか生育しておらず、動物は、わずかな虫か人間しか存在していない。

常に水や食糧に事欠き、人間の亡骸に残る水分さえも利用せざるをえない過酷な環境の中で、奇跡的にも2千年もの長きにわたり存続してきた。

タンムズの樹”があるゆえに――

すべては“タンムズの樹”のために――その名目のもとで、無慈悲で残酷な“黒の心”を持つ世襲の王による恐怖政治が、代々行われてきていた。


36もの種族のうち、一部は特権化していた。王を政治的に補佐する<紫一族>、王を含めた王族の護衛を担当する<赤一族>など。

それでも、各種族の長老が集って意思統一をはかる長老会というものも機能していた。

その長老会の反対を押し切り、現大王が王妃にしたのがスメティアーナ。大王が一方的に連れてきた明るく聡明な女性で、砂漠の果てにある山の向こう、異郷の地からやってきたという。

長老たちが警戒したのは、彼女が“白の心”を持っていたからであった。

王になる者には決してあってはならないとされる心。それが、やがて生まれるであろう次期王に引き継がれることを恐れたのだ。


異郷の王妃スメティアーナは、この国の誰もが知らなかった慈悲と許しの心を持って人々に接し、人間を見守る神の存在をも教えてゆく。

そのため、心的接触(心を読み取る術)を習得した<紫一族>からは警戒され続けるものの、大王自身がそうした行為を放置したため、彼女は広く国民一般から敬愛される存在となっていった。

やがて、赤い瞳を持った王子が生まれ、グーと名付けられた。

次期王と運命づけられた彼を、スメティアーナとともに養育することになったのは、現大王をも養育した老いた男イモシ

<紫一族>ながらひそかにこの国のありかたに疑問を抱いていた彼は、スメティアーナを警戒しつつも慕い、心の奥底である期待をかけるのであった。


グーは、父母とイモシの愛情のもとで、聡明で武術にも秀でた少年に育つ。

同時に“白の心”も育ちつつあることに気づいたイモシは、自分と同じ<紫一族>、特に長老のギースによる心的接触からグーを守り続けるが、やがてそれにも限界がやってくる。

10歳になったグーに、王にふさわしい残酷な行為が行えるかどうかを確かめるための、最初の儀式がやってきたのだ。

試しの剣≫の儀式。最終的には対戦相手を殺さねばならない、その勇気が試される儀式。

対戦相手は、自分の種族の安泰と名誉のために殺されることは納得済みであったが、何も知らなかったグーは殺しを躊躇し、スメティアーナは殺しを止める。結果として、大王自身が殺しを行わざるを得ない事態に陥る。

この異常事態により、ギースから王にふさわしくない”白の心”を持つ者とみなされたグー。命の危機にさらされるが、イモシの機転で何とか救われる。

しかしそれは、スメティアーナの追放と引き換えであった。

“白の心”をもつ母親から引き離すことで、“白の心”を摘みとることが決められたのだ。

砂漠への追放は、死を意味する。

追放の前に彼女は、何も知らないグーに、不思議な模様のついたペンダントを形見として手渡すであった。


すべてはタンムズの樹のために――

その意味を誰からも教えてもらえず、母を失った悲しみからも癒えず、母の死を当然だと公言する父大王への怒りを深め、グーは15歳になった。

生活のなかに、王となるためのさまざまな行事や儀式が組み込まれてくるようになっていたが、そばには常にギースの監視があった。イモシは、グーを守りその心を癒すために、シモという同族の青年を世話係として彼のもとに送る。

ほとんど誰にも心を開かくなっていたグーであったが、やがてシモの率直さや誠実さにふれ、徐々に彼に心を許してゆくようになる。

そんななかで、本格的に王となるための次の大きな試練、≪試しの裁き≫の儀式がやってくる。

裁きとは名ばかりで、どんな事情にせよ被告となった者には、死罪か“パラ園”行きかを言い渡さなくてはいけない。次期王も“黒の心”を持つと国民にアピールし、恐怖心を植えつけるために。

そのことに反発したグーは、儀式の途中で父大王と激しく対立。言い争いの末に母を侮辱された彼は、怒りにかられ心ならずも罪なき民に死罪を言いわたしてしまう。


儀式は無事乗り越えられたものの、罪の意識に苦しむことになったグー。

彼の心を察したイモシは、ひそかに城外へと連れ出し、飢餓状態ギリギリで生きる国民の実態を初めて見せる。そして、大王による恐怖政治は理不尽に見えて、すべての種族が平等に生き抜くために必要だということを教える。

すべては、タンムズの樹のもとで生きる宿命だと。

反乱や離反を抑え、飢え死が増すほどに人口が増えることもなく、国が滅びるほどに人口が減ることもなく、現状維持のまま国を存続させていくためには必要なのだと。

さらに、父大王への怒りを増大させるかのように、砂漠にさらされたスメティアーナの亡骸を見せる。

そのうえで、この国のすべてを決めているタンムズの樹の秘密を教えることを、グーに告げる。


タンムズの樹があるのは“パラ園”であった。

小高い丘に囲まれた盆地にあった。

中には50本の樹が植えられ、<黒の兵士>による残虐な監視のもと、奴隷たちが働いていた。

工場もあった。そこで樹液は精製され、水と油分に分けられ、水は飲料水に油分は燃料や薬や接着剤に。幹や枝はパンの素に、繊維は衣服の生地やロープに。根も水や食料になり、樹皮は食糧になり、葉は薬や栄養素になる。

つまりタンムズの樹は、人間が生きてゆく上で、最低限のみならず最大限に必要なものすべてをまかなえる、まさに万能物なのだ。

その反面、栽培には多大なリスクをともなった。

必要とする水分は空中からまかなうため、生育できるのはこの地では50本が限度。その限度数いっぱいに栽培しているため、乾燥した国土はますます乾燥し、雨は一滴も降らなくなってしまった。

さらに、生育には動物性の養分を必要とするため、人間が定期的に肥料とならざるを得なかった。

食糧が少ないからといって人口を減らせられない理由が、ここにあった。

各種族に割り振られた数の生贄や、罪人たちが奴隷として働かされ、定期的に埋められるのであった。


人が生きるために、人が死ななくてはならない。そうしなくては国が存続できない。

タンムズの樹を守るために、王は残虐な“黒の心”を持たなくてはならない。

そのありように激しいショックを受け、動揺し倒れこむグー。

彼を助けたのは、2人の奴隷。ジョムズスニカの兄妹であった。


ショックから回復しないうちに、グーは王位継承のための最後の関門、≪試しの儀式≫を受けることになった。

場所はあの“パラ園”。子供もまじる奴隷や生贄たちを、<紫一族>の監視のもと<黒の兵士>とともに馬から弓矢で殺していくものであった。

もはやグーの心は限界に来ていた。

混乱の中イモシにたずねる。僕はどうしたらいいのかと。

その答えは意外なものであった。あなたの思うとおりにおやりなさいと。

これで心を決めたグーは、スニカやジョムズ達奴隷を救おうと、一転して<黒の兵士>に矢を向ける。

しかし、しょせんは多勢に無勢。捕えられ幽閉させてしまう。


幽閉されたグーは、スニカとジョムズによって助け出される。

2人は、かつてスメティアーナの慈悲に触れ、彼女の教えを引き継ごうとしていた種族の者たちであった。大王に逆らってまで一族総出でグーを守ることが、決められていたのだ。

そこにイモシがやってくる。

グーを捕えるためではなかった。彼が語ったこと行ったことは、あまりに意外なものであった。


このまま捕えられ、殺されてはいけない。

逃げて逃げて、山を越え、その向こうにあるという“白の心”の国へ行けと。母のふるさとへ行けと。

誰も越えたことがないとされた山の向こうから、スメティアーナはやってきた。この国の人々に“白の心”を教え、そしてグーを産んだ。それらがすべて神のおぼしめしだとすれば、グーなら必ず山を越えられると。

山を越えられれば、”白の心”が正しいというあかしとなり、人々は神が正しいことを知り、タンムズの樹を捨てる。それがこの呪われた国の国民を救う唯一の方法なのだと。

いつかこの国に戻ってきた時には、タンムズの樹に火を放ち、大王のみを殺せと言い残し、イモシは自らの命を犠牲にして、グーを逃がすのであった。


国の北方には、“呪いの山”と呼ばれる山岳地帯があった。

そこをこちらから越えた者の記録は、まったく残されていなかった。

少なくともふもとにまで到達するだけでも、過酷な砂漠を越えなくてはならず、また、裏切り者として自分たちを葬り去ろうとする追手の攻撃から逃れないといけなかった。

それでもグーは、本当に幸せな世の中をつくるため、自分に賛同する多くの者たちとともに、北へと向かう。

<紫一族>のシモも加わった。じつは彼はイモシの息子だったのだ。

やがて、<赤一族>と<黒の兵士>らが追いついてきた。多数の犠牲者を出しながらも戦い、その激しい戦闘のなか、グーとスニカは仲間たちとはぐれる。

2人は砂漠を抜け、平地にある深い峡谷へと。

そこで<苔族>に捕まってしまう。


苔族>とは、かつて「タンムズ国」に住んでいた種族であった。

2千年前に国を追い出され、過酷な環境の中で住み続けるうち、異形の姿に変わり果てた種族だということを、グーとスニカははじめて知る。

長老と名乗る老婆は、食糧などの見返りの代わりにグーたちを捕えろと国から要請されていることを告げ、こちらからは山は絶対に越えられないと説くが、グーの決意は揺るがない。

やむなく彼女は語る。自分たちこそが、2千年もの昔、タンムズの樹をつくりだしたのだということを。王家に深い恨みをもっていることも。


<苔族>がまだいた頃の国は、多様な植物が生え、人間以外の動物も生息する、それなりに豊かな地であった。

しかし、働かずとも万物を手軽に与えてくれるタンムズの樹の出現で、すべては変わる。

人々は働かなくなり、怠惰が国を覆った。欲望に酔いしれそれにふりまわされ、結果としてタンムズの樹を独占したいと思う者たちが、王家を中心に国を支配するようになる。

そんな国の行く末を憂い、樹を捨てろと立ち上がった者たちもいたが、戦に敗れ、 “白一族”との烙印を押されて国を追い払われ、歴史上からもその存在を抹殺されてしまう。

<苔族>は、タンムズの樹の栽培の秘密を知る者たちとして、口封じのため一族郎党皆殺にされ、当然歴史上からもその存在を抹殺されてしまう。なんとか逃げおおせたごくごく一部の者が、この地にまでたどりつき、現在にいたるまで細々と生きながらえてきたのだと。

そして国は、タンムズを樹を守るためだけに存続し、悪魔の心を持っての統治が行われるようになってしまったのだという…。


<苔族>の長老から、タンムズの樹の真実を聞かされても、グーの決意は揺るがなかった。

スニカは、自分の命を犠牲にしてでもグーを救いたいと懇願する。

心揺さぶられた長老は、かつて自分の母親から教わった“白の神”のことを思い出す。

それを聞いてスニカは語る。かつてスメティアーナが“白の神”の教えを自分たちに与え、それを受けて自分たちが“白の心”になったことで、生きる喜びが生まれたと。

グーは語る。“白の神”はすべての者が幸せを得られるよう、助け合い慰め合うことを教えている。そのために、希望と前進の力をも自分たちに与えていると。それが“白の心”だということを、母スメティアーナから教わったのだと。

<苔族>の長老は感銘し、2人は山を越せると確信し、彼らを追手から逃がす。


グーとスニカは、山のふもとにまで到達する。

そこに壊れかけた建物が。追手たちのつぶやきから王家の墓と知るが、実態は死体のごみ捨て場であった。

多くのミイラや白骨が放置されたおそろしい状況下で、グーは、砂漠にあるはずの母の亡骸がバラバラになって放置されているのを見つける。

自分が母に会いに行くのを妨げるために、父大王が遺体を移転したのだと解し、ますます憎しみをつのらせる。


自分に味方してくれる一部の<赤一族>の助けもあって、やがてグーは、別れた仲間たちと出会うことができた。

しかし、ジョムズをはじめ多くの者たちが戦死していたことを知る。

悲しむひまもなく、生き残った者たちは山へ登っていくが、登るにつれ硫黄と蒸気が噴き出し、進みを妨げてゆく。

そんななか、シモは煮えたぎる泥の沼で、グーを対岸に渡そうとして膝から下に重傷を負ってしまう。


さらに山を登ると、今度は気温が下がり続け、雪面となった。

誰も雪など知らない。寒さや冷たさに未経験な者たちばかりであったため、進むにつれどんどん行き倒れる者が増えていった。

なんとか命をつなぎとめることができたのは、皮肉なことに携帯してきたタンムズの葉の力。

それを使ってもなお、山を越えることができない。

絶望にかられはじめたグー。しかしふと、目の前の風景と母からもらったペンダントの形が、同じものであることに気づく。

ペンダントには、真ん中に空いた穴が。ちょうどそこにあたるところに、洞窟があった。

抜けると……別世界であった。


緑と、明るい日差しと、豊かな水に溢れた豊かな地。鳥もシカも、はじめて見るものばかり。

スメティアーナの双子のが女王として統治する「ケープ国」であった。

前王と王妃、つまり姉妹の両親は、最初はグーたちに驚き警戒するも、すぐにグーの持っていたペンダントがかつて娘に与えたものであったこと、それに何よりグーが娘似であったことから孫と認知し、一行を保護する。

彼らは、国を出て行ったまま戻らぬ娘を、ずっと待ち続けていた。

「ケープ国」は2千年もの昔、戦により山を越えて逃れてきた者がつくった国であり、その山の向こうには「パラ国」という砂漠の国がある、という伝説に冒険心を刺激されての母の行動であったことを、グーは初めて知ったのであった。


グーとともにこの地にたどりついた者たちは、みな丁重な扱いを受けた。

それほどまでに「ケープ国」は、豊かで平和な国であった。

しかしグーは、いったん「タンムズ国」へと戻る決心をする。

いまだ国に残る者たちも、途中で息倒れた者たちの遺体も、すべていったんこの「ケープ国」に連れてくるために。

すべての元凶であるタンムズの樹を焼き滅ぼすために。

両足を失ったシモは「ケープ国」に残されることになったが、スニカは着いてくることになった。

祖父母は孫に、自分たちの部下を提供した。

総計50人ほどとなった精鋭部隊は、再び山を越える。

そのさい王家の墓が、行きの時と違い片づけられているのを見て、グーはますます父大王への怒りをつのらせる。


国に入った彼らは、計画通りタンムズの樹に火を放つ。

怒りにとりつかれたグーは、父大王のもとに忍び込み、剣を向ける。

あっけなく刺された大王には、両眼がなかった…。


父は虫の息の中で、息子に真実を話す。

すべてはこうなるようにと、自分とスメティアーナとイモシとが仕組んだことだということを。

それらはすべて、グーが生まれる前からの計画であったことを。


タンムズの樹の奴隷と化したこの国と国民。そんな国を実質動かしていたのは<紫一族>。

王は、彼らの道具であり監視下にあるものだった。王家の墓のおそろしいありようは、自分たち王族への脅しの一環であった。

そんな状況を断ち切り、タンムズの樹の呪縛から抜け出すことは、並大抵のことではない。

しかし、少しでもこの国の人々を救いたいと願っていた。

そんな時、偶然スメティアーナと出会った。

好奇心を持って山を越えようとしていて滑落し、奇跡的にケガなく倒れていた彼女。この出会いこそが、まさに運命であったという。


人間は生まれながらにして、“白の心”と“黒の心”を併せ持つもの。

そんななかでも、”黒の心”が当然とされていた自分の心をスメティアーナは“白の心”で満たし、自分が王として何をしなくてはいけないといけないかを教えてくれた。

先にどんな難問がひかえていても、決してたじろいではいけないことも。自分の身に災いがふりかかろうとも、恐れてはいけないということも。

その思いで、自分とスメティアーナとイモシの心はひとつになり、最終的な希望はグーに託された。

その希望を守るため、愛する息子を守るため、母は自分の意思で犠牲になったのだと、父は語る。


自分が両眼を失ったのは、グーが山へと逃亡する直前であったことも。

グーにはイモシを通じ、大王自らの意思を伝える必要があった。山を越えろと。戻ってきてタンムズの樹に火を放ち、大王である自分のみを殺せと。

そのためには、追手を出そうとするギースの動きを封じる必要があった。しかし、グーの処刑を自分だけに任してもらいたいと願い出るイモシを、ギースはもはや信用していなかった。

だからこそ、イモシの提案に従ったのだと大王は語る。どんな息子であってもその息子を愛する心が”白の心”とするなら、その心に直接通じるのが眼。それをギースの目の前で封じる(えぐりとる)という必死のパフォーマンスを行うことで、体制から逸脱していないことを示し、なんとかギースを納得させたのだと。


スメティアーナの遺体をコロコロ動かせたのも、イモシの提案であったという。

山を越えさせるためには、憎しみを原動力にさせるしかなかったとして。


すべてを語ったあと父大王は、息子が事を成したことを喜び、励まし、その腕の中で静かに息を引きとる。

グーは、父が自分と母を深く愛していたことを知った。そして、これから自分が成さなくてはいけないことも。


すっかり不毛の大地と化した国をあとにして、グーはスニカとともに、国の民を連れて山へと向かう。

「ケープ国」への避難であった。しかし<紫一族>だけは同行を拒否し、自らの意思で女子供ともども別方向へと向かう。


グーはスニカとともに進む。再びこの地の自然が回復し、再びふるさとであるこの地に帰ってくることを願いつつ。

勝手な感想

う~ん、私としては直接の親殺しだけは避けてほしかったのですが……。

この点が、私が先に、この作品を”完全成人向け”と評した理由のひとつです。

もうひとつは、母親の遺体を利用して憎しみをつのらせ、それを心のエネルギーとさせるという描写。

倫理や理屈に敏感な思春期のピュアな感性が、この意味をすんなり理解できるかどうかか疑問なのです。私の場合なら、反発を感じたと思いますから。

――これは批判ではありません。それほどまでに、憎しみや恨みの描写が秀逸だということです。

ある程度人生を経てきた人間になら、理解できることでしょう。憎しみや恨みが、時に人を滅するが時に人を生かし、時に連鎖を生むが時に社会の変革に結びつくということを。

ある意味倫理や理屈を超えた、むき出しの現実です。それを容赦なく描き出したこと。この点に、まずはこの作品の凄さを感じます。


さらに、人間は生まれながらにして“白の心”と“黒の心”を併せ持つ という観点。これはまさに「妖怪人間ベム」につながるものです。

また、上記あらすじからはわかりませんが、本編を読んだ私の感想としては、肉親の情の描き方がベムに引き継がれていることを感じました。特に、第1話「恐怖の貨物列車」と第25話「ベロを呼ぶ幽霊」での表現に。


遊星仮面との接点もあります。主人公がともに同じ年齢(15歳)で事を成すという点。それに、最も興味深い存在である登場人物(イモシ)と同名の人物が、遊星仮面にも出てくるという点です。

ただし、イモシという名のこの2人は、名前は同じでも性根は全く異なります。片や主人公を助け自らを犠牲にして果てる善人。片や最悪最大の悪党。

共通点があるとすれが、どちらも同胞(同族)を犠牲にする”裏切り者”であるということでしょうか。


この小説が、遊星仮面が終わったあとに描かれたのなら、以下のような推測をすることもできます。

遊星仮面のイモシに、何か描き足りなかった部分があったのではないかと。

アニメの最終39話で、彼があえて自分の潰れた目をさらすシーンがありますが、その意味はまったく説明されていません。私には、彼について描ききれなかった部分があったことを暗に表明しているようにも思えるのですが。

描ききれなかったイモシ像の一部をこの小説において描いたとすれば、本来遊星仮面のイモシは、同情すべき経緯も経てきた、単に悪とはいえない存在だったのかもしれません。

あくまでも推測ですけれど。



私がこの小説を読んで最も感じたことは、原稿の状態で発見されたことからしても、まだまだ手を入れる予定の作品ではなかったのか というものです。

タンムズ国を出てからの描写(特に人物に関して)や、グーの性格設定などに、まだまだ手を入れる余地があったのではないのかと。

なにより、世界がまだほんの一部しか描かれていないような気がします。<タンムズ国=不遇/ケープ国=幸福><タンムズ国=貧/ケープ国=豊>だけではおさまらないはずですし。2国の関係だけでなく、きっと複数国のからみもあるでしょうし。

大量難民を抱え込むことになる「ケープ国」のその後も気になりますし。

もっともっと広く詳細な世界設定が必要でしょう。実際考えておられたのではないか とも感じました。


タンムズの樹は、最初は漫画&アニメ『鋼の錬金術賢者の石を連想しましたが、読むにしたがい、それよりはるかに普遍性があるものではないかと感じました。

より広く深く強烈に人類の欲に根ざし、より広く深く強烈に人類そのものを縛りあげるものではないかと。

広義になら、文明そのものに置き換えることも可能ですし、狭義になら、たとえば原子力があてはまるかもしれません。

2011年の福島での原子力発電所の事故から、その矛盾したありようや利権が、浮き彫りにされたことからもわかるように。

くわしくはここでは書きませんが、皆様の側でさまざまに考えてみることができるでしょう。


総して言うなら、リアリティを強く含んだ壮大なテーマ性を秘めた、大長編になりうる作品だったはずです。

それに手をつけられないまま足立氏が亡くなられたこと、氏の功績が、当時のみならずいまだ世によく知られていないことが、本当に悔やまれます。

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