遊星仮面ファンサイト〔付録〕

TVアニメ「どろろ」(2019年度版)について(2)


*パソコンからご覧の場合は押しても変化しません*


漫画『どろろ』は、手塚治虫氏の代表作のひとつ。それを原作にした1969年版のTVアニメ『どろろ』は、不遇な経緯をたどりながらも、今ではアニメ史に残る傑作として認定されています。

それから半世紀がたった2019年に、再びTVアニメが制作。

このページに記しているのは、この新作を中心に『どろろ』について私がツイッター上に記した感想です。


このページに掲示しているのは、2019年5月13日からの内容です。

それらを時系列に並べ、適当なところで区切り、下記のように並べてみました。

クリックすると、このページ内の記述箇所に移動します。


    略する場合は(略)と記載。あからさまな誤字脱字は訂正。URLはほぼ削除か該当するページ名に変更。それ以外では原則原文を記載。(重要箇所にはリンクや太字や色づけなどの処理も。)


    <2019/5/13~>

    • 『どろろ』17話:
      人間同士の殺戮の中であやかしは繁殖し、人間はあやかしからも殺される危険に常に晒され…。
      そんな過酷な社会の中で、百鬼丸は育ての親・寿海と再会。2人の問答をベースに、百鬼丸の家族がそれぞれ腹を括る様も描く…。2019/5/13

    • 死者への追悼に没頭する寿海。自己満足にも見えるその行動は、自らも含めた生者は救えないと絶望しての代償行為。かつて自らが行った殺戮の罪滅ぼしの為の…。
      そんな死人状態の彼をあやかしは襲わない。しかし百鬼丸との問答を通して得た生力が見えたのか、ラストで断末魔のあやかしにチョイ噛まれる。2019/5/13

    • 百鬼丸は、壊れた足の付け替えを頼むが、寿海は断る。
      彼は、殺して恨まれ孤独に苛まれ、苦しみ生き続ける自分のような人生を百鬼丸には与えたくなかった。
      ラストで百鬼丸は寿海の心を解してか、不自由な体のままどろろ救出に向かう。その際寿海をかけがえのない存在として「おっかちゃん」と呼ぶのだ。2019/5/13

    • 百鬼丸は寿海との問答を通し、どろろもかけがえのない存在だと認識…。
      彼女がよく呟く「おっかちゃん」との言葉。百鬼丸は、慈しんで育ててくれた者全てを指す言葉と認識してたのか、ラストで寿海をそう呼ぶのだ…。
      小林靖子氏の脚本凄い!6話同様、私には完全想定外!2019/5/13

    • 一方で百鬼丸の家族…。
      母は目覚め、自国の崩壊を予言する。
      父(景光)は、百鬼丸の行方を追う。
      弟・多宝丸は、民のため国のために情を棄て、兄・百鬼丸討伐へと向かう…。
      百鬼丸の頭を食い損ねた鬼神の行動が気になる。もしや多宝丸、あるいは景光を食らうのか…?2019/5/13

    • ところで、17話では疑問点が2つ出てきた。
      (1)百鬼丸の、手から発する魂の色は緑色になっていた。なぜ?
      (2)百鬼丸にとって悪夢のような父親。その父親由来の家紋入りのお守りをなぜ持ち続けるのか?新しく紐を付け替えたものをなぜ再び首にかけるのか?2019/5/13

    • 重要なことを書き忘れてた…。
      『どろろ』17話で問われてたのは「なぜ生きるのか?」。
      百鬼丸は、取り戻す為に生きると主張。結果孤独に陥ろうとも、どろろだけはいてくれる。彼女の存在が、自分が鬼になるのを防いでくれると…。
      そして寿海は、「親」になったことで「子」を見守る生きがいを得る。2019/5/13

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    <2019/5/20~>

    • 『どろろ』18話:
      絆深まる百鬼丸とどろろ。情を捨て兄の百鬼丸を殺しにかかる多宝丸。金への執着あれど人間であることは捨てないイタチ。「家族」殺され報復に走るしらぬい…。
      四つ巴で、少々ご都合主義的感あれどテンポ良く展開。戦闘シーンでの作画良い!
      …で、百鬼丸とどろろの再出発がラスト。2019/5/20

    • どろろを助け、「助けに来た」ではなく「迎えに来た」とはね~(ニヤニヤ)。
      一方多宝丸に対しては、今回のことで完全敵認識してしまうことに…。
      弟というものが特別な存在なことは理解できる筈。そんな弟が真っ白い魂のままどろろまで殺そうとしたことは、百鬼丸には相当ショックだったに違いない。2019/5/20

    • イタチはどろろにとっては、時が時なら、少々金に汚いだけの気のいい親戚のおじちゃんだったかも…。
      両親には酷いことしたが、ある意味生き抜く為にはやむをえないとこもあったしし…。
      自分は裸にはされたが虐待はされす、最後は守られたし…。
      そういうことが理解できるから、最後は許したのだろう。2019/5/20

    • しらぬいの復讐行動に、ある意味命を救われた百鬼丸。
      人間(多宝丸逹)より弱かった化け物サメがなぜか鬼神であった為、なんとか左足も戻ってきたし…。
      多宝丸は多くの部下を失い、イタチもしらぬいも死に、どろろは見つかった父の隠し財産を、使い道がわからないと置いたまま、百鬼丸と共に再出発。2019/5/20

    ―――

    • 『どろろ』19話:
      多宝丸逹に叩き折られた刀を直す為に、百鬼丸とどろろは優秀な刀工のいる村へ。そこには天邪鬼がいて、百鬼丸は心にも無いことを呟き、あわや婿にされそうに…。
      ギャク回とか言われてるようだが、私はそうは捉えてない。状況からすれば、深刻な迫害回になりうる要素を背負った回だ。2019/5/26

    • よそ者で得体が知れず、目は見えず言葉は拙く、馬や人に顔をスリスリする異様行動をし、一般常識にも欠けてる。
      そんな人間が入ってくればフツーは激しく排除するはず。
      また話のラストで、どこに刀を付けるかを見せつけられても、刀工も娘も驚きもしないのは不自然…。
      まぁ理由は付けられるけどね。2019/5/26

    • 戦が多いので、百鬼丸のような腕の無い人間は少なくない為。(ただああやって刀を取り付けるのは、やはり特異だとは思うが。)
      そして村では、優秀な刀工がいることが支えになってるのかも?
      武器もかなりある?
      あやかしではなく実際の「武」に守られた自信と余裕が、百鬼丸を排除しなかった理由かも。2019/5/26

    • そして村人たちは、神の存在とその加護を絶対的に信じていた。
      そう考えないと、「天邪鬼の悪さのせいでした」で、すんなり彼らが納得するはずはない!2019/5/26

    • 『どろろ』19話:
      手塚キャラを使っての息抜き回、どろろが百鬼丸をどこかで信じてたからこそ問題解決した回、2人の絆が更に深まる回、ではあるんだが……。
      繰り返すが私には、百鬼丸への対応が軽く収められるような状況には見えない。’60年代作なら、異様なよそ者として扱われるシーンがあったかも2019/5/26

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    <2019/6/3~>

    • 『どろろ』20話:
      恐怖に怯えるのが人間。鬼神はそう認識してるようだ。だから恐怖を感じない(魂が抜け殻のようになった)人間は食べない…。
      他者を鬼神に食わせ、その恐怖を見て罪の意識から逃れてきた男は、自らの体を取り戻す為だけに盲信する百鬼丸に戸惑い、感情を取り戻した途端自ら食われ…。2019/6/3

    • 百鬼丸にとってどろろは今や愛しい存在。しかし彼女の命の危機に、作り物の手は何の役にも立たなかった…。
      体を取り戻すべく鬼神に立ち向かうが、鬼神に食われ鬼神と一体化した男から「人間ではない」と言われ、彼らを倒しても体は戻ってこない。
      ますます人間から遠ざかろうとする彼をどろろが止める2019/6/3

    • 自分の体は醍醐の国にあると、そこへ行けば取り戻せると、生まれた地に再び戻ろうとする百鬼丸。付き添うどろろ…。
      彼らの向かう地は、災禍に沈もうとしている。封印していた鬼神が目覚めようとしている。多宝丸は民を守るために、兄と戦うことになるのだろう…。2019/6/3

    • 先の19話ではっきり感じたが、今期の『どろろ』は手塚治虫氏の原作とは別物。原作では百鬼丸と社会との闘いがあったが、今期の作品では、百鬼丸にとっての闘いは殆ど自らの内面に終始してる…。
      しかし原作と同様、筋の通った傑作であることには違いない。今生きる個人個人に強く訴えかけるものがある。2019/6/3

    • (略)20話の感想追加:
      百鬼丸が鬼神を刺し続けるラスト近くで流れる男性合唱のBGM。1969年版のアニメで、頻繁に流れていたBGMを彷彿とさせる。2019/6/10

    ―――

    • 『どろろ』21話:
      他国との戦が始まろうとする醍醐の国に、百鬼丸は戻ってきた。
      醍醐の国はそうでなくても疫病や飢餓が進行。疫病拡大阻止の為には大量殺戮も…。
      そこまでして国を守る側にいる多宝丸にとって百鬼丸は災い。2人は死闘に。
      そこに父景光の間者が乱入。百鬼丸を倒し、どろろをさらう。2019/6/10

    • 15話は内容がファンタジーっぽかったので、私的にはさほど気にならなかったのだが、今回のは少し気になる。人や馬への着色が平面的で、絵の力が落ちてる感がして…。
      ただし画面展開はいいし、百鬼丸VS多宝丸軍団のシーンも良かった。陸奥と兵庫の腕が切り落とされるところをサラリと流したところも2019/6/10

    • 馬は戦に利用され、百鬼丸討伐にも利用。子から引き離されたミドロは自爆させられバラバラになって百鬼丸ともども死者の無念が漂う谷底に落下。そこであやかしとして蘇る…。
      どろろは、生死不明の百鬼丸対策の為に人質に。その行為を卑怯と叫ぶ陸奥と兵庫の姉弟は、かつて戦で生き地獄を味わった身…。2019/6/10

    • 2019年版『どろろ』では、母性が1つのテーマに。
      どろろ、どろろの母、みお、(男だけど)寿海、百鬼丸の母…。
      21話では百鬼丸の母・縫が、彼の行動を「玩具を欲しがる」と表現して、だいぶ物議をかもしているようだが…。
      お嬢さん育ちだから表現が悪かった?心の動きとしてはそういうものである。2019/6/10

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    <2019/6/17~>

    • 『どろろ』22話:
      自分とどろろを取り戻す為に鬼神と化す百鬼丸。彼を倒し国と領民を守る為に鬼神の力を得る多宝丸逹…。
      彼らの父・醍醐景光は隣国との戦…。
      彼らの母・縫はどろろを助け、更には景光に切り捨てられた領民に2人とも助けられ…。
      百鬼丸の育ての親・寿海も、琵琶丸も、醍醐の国に。2019/6/17

    • 縫の母としての思い、どろろの母恋しさが伝わる…。
      それにしても、2人を助けた領民逹のリーダーの物わかりの良いことときたら…。
      疫病におかされた村の民衆を皆殺しにした景光。縫はその嫁なんだから、恨みで切り捨ててもおかしくない、あるいは人質にするとかしてもおかしくないはずなんだが…。2019/6/17

    • 『どろろ』22話:
      救いがたい展開…。
      百鬼丸が、あやかしとなったミドロ(馬)と共に殺しまくってるのは、醍醐の国の罪なき領民(多くは農民)!
      この時代の兵士は、専門職ではないのだ。
      だから、兄の目と両手を鬼神から借りてまで国と領民を守ろうとしてる多宝丸逹に、俯瞰的には正義があるのだ。2019/6/17

    • 鬼神は、百鬼丸を醍醐の国唯一の「跡取り」とし、その体以外はいらないと言う…。
      そんな百鬼丸、「跡取り」として領民に接するどころか、彼らを大量虐殺してる!
      だからといって多宝丸が、鬼神の言いなりになって彼を封じるなら「跡取り」はいなくなり、更に領民を守りきれなくなる?
      この大矛盾!2019/6/17

    ―――

    • 『どろろ』23話:
      奪われたものを取り戻そうとあがきつつ、取り戻すたびにキツくなる社会とのひずみに葛藤する百鬼丸。現状維持の為なら手段は選ばなくなってしまってる多宝丸。
      彼らの容赦ない死闘のそばで、どろろは自分達が進みゆく道を模索してる。百鬼丸の母・縫と、琵琶丸と、醍醐の領民と共に。2019/6/24

    • 鬼神に捧げて安寧を得るという方法は、マフィアなどの犯罪組織に頼って共同体を治めようとするやり方と同じなのかもしれない。どちらも破綻は目に見えてる。百鬼丸による奪還(または民衆による抵抗や革命)がなくても、次代を担える者が奪われてしまってる状況では先はない。
      縫は気づくが、景光は…。2019/6/24

    • 道は自らの意を持って掴みとるものであり、他者にあからさまな犠牲を強いて、他者から与えられて開けるものではない。人間の意思は、時に闇を落とせることを百鬼丸は証明してる。彼の進む方向は正しいと、どろろは考える…。
      彼女は百鬼丸にとっては母であり同士であり、社会との接点を見つける為の扉。2019/6/24

    • 『どろろ』23話。
      戦闘シーンは迫力。BGMが非常にいい…。
      百鬼丸、その刃を弟ではなく鬼神そのものに向けないのか?
      家族以上だった腹心を失った多宝丸は、どうなる…?
      全ての元凶を作った景光は、他国との戦闘の為に今ははずれにいる。しかし国という大枠を守れるかどうかは彼にかかってる…。2019/6/24

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    <2019/7/1~>

    • 『どろろ』24話(最終話):
      百鬼丸と多宝丸との戦。醍醐の城は火に覆わる。兄弟の戦は、互いを人間と認めたことで止むが、そこで最後の鬼神が目覚める。多宝丸は百鬼丸に、鬼神から得た両目を返し、全てを得た百鬼丸は鬼神を倒す。
      駆け付けた縫と寿海は、百鬼丸を逃がし、多宝丸と共に火に包まれる。2019/7/1

    • 両目を取り戻した百鬼丸が最初に見たのは、初めて自分を愛おしく抱いてくれた生みの母・縫と、人の心を取り戻す為の菩薩像を与えてくれた育ての母(父)・寿海。この2人が逝く寸前の姿だった…。
      父・景光は、犠牲を出しながらも国を守り切る。人の道を歩もうとする百鬼丸は、菩薩像を今度は父に渡す。2019/7/1

    • どろろがいなくとも人として生きられることを確かめる為にか、百鬼丸はひとり旅に。
      どろろは、父の財宝を、醍醐の国の民逹の自治用に使ったようだ。
      (醍醐の国と敵対してる朝倉が、実在の戦国大名なら、その近くにあった農民自治国・加賀国の原型かも。)
      ラストは、美しく成長したどろろと百鬼丸。2019/7/1

    • 『どろろ』24話(最終話):
      絵以上に音楽が印象的で効果的だった。
      和楽器満載、男性コーラス満載。1969度のアニメでも多用してたものだ。
      S30年代、東映や大映などが作っていた時代劇映画の音楽を思い出すが、レトロというより新しい、新鮮な感覚…!
      内容的には……多宝丸には生きててほしかった。2019/7/1

    • 父・景光を生かしたのは、私は良しと思う。
      生きる方が、辛く残酷。
      しかも彼は、今後は這いつくばってでもひとりで国を守らねばならない…。(守り切れなかったかもしれない…。)2019/7/1

    ―――

    • 『どろろ』2019年版全話見て:
      目が見えるのは脳が情報処理してるから。最終回でいきなり視力が戻って、いきなり「見えた」のだろうか?そこは疑問。
      私の頭には、鬼神に「みお」の記憶が利用される話、或いは彼女そっくりの人間が出てくる話が浮かんでた。
      百鬼丸、彼女を見たかっただろうに…。2019/7/8

    • 『どろろ』2019年版総括:
      原作とは完全別物の名作水準作品。
      原作派の中には、百鬼丸の自意識や心の葛藤が殆ど描かれず、社会からの迫害シーンも無かったことに不満な人もいるかもしれないが、彼の心の動きは違和感なく理解できるものになってた。
      個人、そして家族、そして国家の物語でもあるのだ。2019/7/8

    • コトの発端は、百鬼丸の父・景光が、世界の調和と秩序を大きく乱したことにある。(心の邪悪さに起因してた原作とは違う。)だから揺り戻しも激しく、百鬼丸はもとより彼の家族も、民も振りまわされ、どこに帰結するかで苦しむことになるのだ…。
      そんな中で、良き母性がブレーキとなり救いとなってる。2019/7/8

    • 最終的には、自らや他人を信じること、信念を持つこと、そして「お金」…に帰結させたのは、良かった。
      「お金」は正しく使われれば、これ以上にもない威力を発揮する。
      (あのドロドロの応仁の乱を終わらせたのは、日野富子の「お金」だと言われてるぐらいだしね。)2019/7/8